ハットゥシャの遺跡


「栄光の古代文明」「ハットゥシャ(トルコ)」

モヘンジョダロは、インダス文明最大級の都市遺跡です。

また、『ハットゥシャ』は
ユネスコにより、1986年に、世界遺産に登録されました。


画像引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ハットゥシャ

ユネスコの世界遺産のハットゥシャは、紀元前17世紀-紀元前13世紀に、
繁栄したヒッタイト帝国の都でして、トルコの首都アンカラより
東に145kmのボアズカレ(旧・ボアズキョイ)近郊、海抜1000mほどの
丘陵地帯にある遺跡です。


ヒッタイト人の高い芸術性 ハットゥシャ


ハットゥシャは長さ6・4㎞、高さ最高6mの城壁で2重に囲まれた
城塞都市で、大神殿や居住区の跡が南北2.2km、
東西1.3kmの広大な範囲に点在し、現在も発掘調査が続けられています。


画像引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ハットゥシャ

             南西部にあるライオンの門

ヒッタイト人は、世界の他文明に先駆けて鍛鉄の技術を
獲得し、武具や、生活用具など多彩な道具を発達させ、ヒッタイト帝国の
最盛期には、製鉄の技術を国家機密とし、独占しました。

機動力の高い二輪の戦車など鉄具は、
特に軍事力の強化に役立ち帝国の繁栄を支えました。

ヒッタイト人

このハットゥシャ遺跡は、1834年にフランスの考古学者
シャルル・テクシュによって発見されましたが、初めは、
ハットゥシャ遺跡の重要性には誰も気付きませんでした。

岩に残る彫刻から、古代を席巻した屈強軍団が浮かび上がります。
そこには文明史にとって重要な歴史の隆盛が描かれていました。

岩に残る彫刻~ハットゥシャから出土した世界最古の国際条約文書。

その内容は歴史を根底から覆しました。

ヒッタイトとエジプトが約3300年前に、戦った「カデシュの戦い」で、
エジプトはエジプトの勝利を記録していましたが、この「カデシュ文書」を
はじめとするヒッタイトの記録には、エジプト軍が壊滅状態で敗走したこと
が明記されていたのです!

ハットゥシャ遺跡は、
ヒッタイト人の高い芸術性を表しています、
自然石を利用した、独特の構図で刻まれた
レリーフのヤズルカヤ神殿が、 あります。



ヤズルカヤ神殿では、
ヒッタイト人が崇めていた神々が無数に浮き彫りにされています。

ヒッタイト帝国の首都ハットゥシャ・・・現在は、年中乾燥して、
荒涼とした砂漠で、人が住める場所ではないそうですが、
ヒッタイト帝国があった頃は、もっと雨が降っていたのではないかと言う説
があるそうです。

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